東京大学が授業料の10万円値上げを検討し、このことに対して物議を醸しだしている。関東周辺の7大学はすでに国立大学授業料の基準額を超える設定している。慶應大学の伊藤塾長は、文部科学省の部会で私立大学との公平な戦いのため150万円に引き上げることを提言して、こちらも多くのメディアに取り上げられている。

以前、学生の学修への取り組みを前向きにするために、「この講義はいくらに該当するのか?」と言う問いかけを講義中にしていた。概略ではあるが、授業料÷単位数÷15回で計算できる(実習等は1単位当たりの時間数が多いので正確ではないが)。これだけのお金を支払っているので、元を取れるだけ真剣に向き合ってもらいたいとの気持ちから発した言葉である。

25万2千円、これは当時私が学生だった頃の授業料である。今は538,800円である。252,000円だった授業料は3年後、300,000万、2年後、339,600円、2年度375,600円と大体2年に1回値上げとなり、加えて入学金も2年に1回値上げとなり、授業料、入学金、授業料、入学金と実質毎年値上げが続いた。このようなことを目の当たりにしているので授業料は年々高騰しているとの印象があった。しかし、国立大学が大学法人に移行後の2005年からは授業料は据え置きで、約20年間金額は変わらない。

国立大学協会は6月7日に国民に向けて声明を発表した。最後の文章は、「国立大学の危機的な財務状況を改善し、我が国の輝ける未来を創り出すために、皆様の理解と共感、そして力強い協働をお願いする次第です。」と結ばれている。国からの国立大学への運営交付金は、法人化した04年度は全体で1兆2415億円だったが、本年度は1兆784億円となり、20年間で約1630億円減少した。13%減少したことになる。近年の光熱費の上昇に加え、消費税の値上げに伴う研究試薬及び機器の値上げ、電子ジャーナル購読費の値上げ等、必要な費用は毎年増えている。国立大学における歳入に占める授業料の比率は私立大学に比べ低いとはいえ、よくよく考えてみると20年間授業料が据え置かれているのは驚きである。大学を維持するためには、人件費の削減で教職員の数を削減することが必要となる。徳島大学では、人事ポイントが各学部で設定され、その枠内で人事を行うようになっている(実質の定員削減)。ポイント制が導入された時は、大きな反発を覚えた。しかし、このような現状を整理してみるとある意味仕方ないと思える。

人やお金が削減されて困ることは色々あるが、第一は組織が脆弱することである。行政であったら十分な住民サービスが受けられない、インフラ整備が進まないことだろうか。大学なら手厚い教育や研究指導が受けられない、破損した施設が修繕できないことだろうか。

土曜日の朝、部屋を開けるために鍵を差し込み回してみたが、回らない。鍵の差し込む深さを調整してみたが一向に開く気配はない。最後の砦は、維持管理センター(緊急時連絡先)に連絡してスペアキーを持ってきてもらうことだ。早朝であったので電話が繋がるか不安であったが、数回のベルの後連絡がついた(カード会社のお客様サポートサービスは、いつ電話をかけてもつながらないか、非常に待たされる。加えて、電子的な音声で、「この通話は10秒ごとに○円がかかります」と説明がある)。徳島大学、少なくとも医学部は緊急時の対応体制は大丈夫であった。

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