先端酵素学研究所?病態システム酵素学分野 准教授 加藤 有介、教授 福井 清
統合失調症治療薬創出に向けたチオフェン化合物によるD-アミノ酸酸化酵素阻害機構の解明
【研究グループ】
- 先端酵素学研究所:加藤有介、真板宣夫、黒沢すみれ、頼田和子、福井清
- Johns Hopkins大学:Niyada Hin、Ajit G. Thomas、Camilo Rojas、Barbara S. Slusher、塚本尚
【学術誌等への掲載状況】
Eur J Med Chem. 2018 Sep 18;159:23-34. doi: 10.1016/j.ejmech.2018.09.040. [Epub ahead of print]
統合失調症は100人に1人の割合で発症する精神疾患だが、これまで発症の仕組みの詳細は明らかになっていない。治療法としては主に薬剤を用いた方法が用いられるが、これまでの治療薬は神経細胞のドパミン受容体に作用するものが主流である。一方、多くの統合失調症はグルタミン酸受容体の機能異常より発症すると考えられているにも関わらず、グルタミン酸受容体の働きに作用する治療薬はこれまでほとんど知られていない。特に治療抵抗性統合失調症と呼ばれる難治性の統合失調症では、既存の治療薬がグルタミン酸受容体の働きにほとんど影響を及ぼさないことから治療が困難な可能性がある。
グルタミン酸受容体の特徴の1つとしてD-アミノ酸と呼ばれる特殊なアミノ酸により活性化されることが分かっている。我々の身体を構成する主要なアミノ酸はL-アミノ酸であり、D-アミノ酸とはお互いに鏡に映した構造をしている。つまり、身体を構成するアミノ酸を鏡で映した形をしたアミノ酸が我々の神経活動を支えていることになる。D-アミノ酸は、脳内でD-アミノ酸を選択的に酸化する酵素 (D-アミノ酸酸化酵素)により分解されてしまう。特に統合失調症患者の脳内ではD-アミノ酸が不足していることが報告されている。そこで我々はD-アミノ酸酸化酵素をブロックする阻害剤を新たに探索し、高い阻害活性を示す化合物(ハロゲン化チオフェン酸)を見つけることに成功した(図1)。さらにX線結晶構造解析と計算科学によりハロゲン化チオフェン酸がこれまで知られているD-アミノ酸酸化酵素の阻害剤とは異なりD-アミノ酸酸化酵素のチロシン残基との疎水相互作用等により高い親和性を示すことを突き止めた(図2)。
さまざまなチオフェン化合物を合成し、その薬効を生化学的に検討したところ、チオフェンの基本骨格から枝分かれした側鎖が大きなものは薬効が低下することが分かった。他の多くのD-アミノ酸酸化酵素の阻害剤は大きな側鎖を持つ阻害剤が高い薬効を示すこととは対照的である。
さらに非チオフェン系の阻害剤がD-アミノ酸酸化酵素とどのような相互作用を示すかを計算科学で検証したところ、上述のチロシン残基との相互作用が非常に弱いことが示された。このことはこれまでに報告された結晶構造の結果を支持するものであった(図3)。
D-アミノ酸酸化酵素をブロックする新しい仕組みが解明されたことで、今後の薬剤化合物の開発のために大きな意義がある。