徳島大学大学院社会産業理工学研究部 生物資源生産科学分野 准教授 刑部 祐里子
「乾燥に強くなる植物ペプチドを発見-植物の乾燥ストレス応答を紐解く新展開-」
【研究グループ】
- 徳島大学大学院社会産業理工学研究部 生物資源産業学域 准教授 刑部祐里子
- 理化学研究所環境資源科学研究センター 機能開発研究グループ 研究員 高橋史憲
- 理化学研究所環境資源科学研究センター 同グループ グループディレクター 篠崎一雄
- 理化学研究所環境資源科学研究センター 生命分子解析ユニットリーダー 堂前直
- 理化学研究所環境資源科学研究センター 同ユニット専任技師 鈴木健裕
- 東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授 篠崎和子
- 東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 教授 福田裕穂
- 東京大学大学院理学系研究科 同専攻 さきがけ研究員 別役重之
(現 筑波大学大学院 准教授) - 東京大学大学院理学系研究科 同専攻 助教 近藤侑貴
【学術誌等への掲載状況】
Fuminori Takahashi, Takehiro Suzuki, Yuriko Osakabe, Shigeyuki Betsuyaku, Yuki Kondo, Naoshi Dohmae, Hiroo Fukuda, Kazuko Yamaguchi-Shinozaki, Kazuo Shinozaki. "A small peptide modulates stomatal control via abscisic acid in long-distance signaling", Nature, doi:10.1038/s41586-018-0009-2
【研究の背景】
世界人口の増加と経済成長により、農作物の安定的かつ持続的な生産向上が急務となっています。特に干ばつなどの環境変動は、農作物の生長や収穫量に大きく影響を及ぼすため、不良環境下でも高い生産性を示す作物の開発が求められています。植物の乾燥ストレス応答では、植物ホルモン、アブシジン酸(ABA)*1の役割が広く知られています。ABAは乾燥ストレスを感じた植物の葉で合成されて葉の気孔の閉鎖を促し、植物体内から水分が失われるのを防ぎます。また、ABAは乾燥ストレス耐性に関わる遺伝子の発現も制御します。しかし、これまで、植物が土壌水分の減少による乾燥ストレスを根で感受した後、葉でABA合成が促されるまでのメカニズムの詳細は、ほとんど解明されていませんでした。
【研究の内容と成果】
共同研究グループは、モデル植物シロイヌナズナ由来培養細胞に乾燥ストレスを模倣する浸透圧ストレス処理し、培養液に放出されるペプチドを高分解能質量分析計*2を用いて探索しました。その結果、シロイヌナズナの内因性ペプチド群CLEペプチドファミリーに属するCLE25ペプチド*3を同定することに成功しました。次に、人工的合成したCLE25ペプチドをシロイヌナズナの根から吸収させたところ、CLE25ペプチドは葉に移動し、ABA合成の鍵酵素NCED3遺伝子の発現を著しく上昇させました。それに伴い、ABAが葉で蓄積し、気孔の閉鎖を引き起こすことが明らかになりました(図1)。
CLE25ペプチド遺伝子についてはこれまで利用できる変異体リソースがありませんでしたが、本研究ではゲノム編集技術CRISPR/Cas9*4を用いることでCLE25遺伝子欠損変異体(cle25変異体)を新規に作製しました。cle25変異体を用いて乾燥ストレスに対する応答を調べた結果、cle25変異体では乾燥ストレス条件でABA合成酵素遺伝子NCED3の発現が上昇せず、ABAが蓄積しないことがわかりました。そのため、cle25変異体は乾燥ストレスに弱くなることが明らかになりました(図2)。
次に、葉でCLE25ペプチドを受容する二つの受容体BAM1とBAM3を同定しました。BAM1とBAM3受容体は、乾燥ストレスに伴って植物の根から放出され葉に移動するCLE25ペプチドを受容し、その情報を葉の維管束に伝える機能を持っており、これによって、葉でのABA合成開始の引き金になることが明らかになりました(図3)。
以上の研究結果により、体内組織間の情報伝達を担う神経を持たない植物が、移動性のペプチドを使うことで、根と葉という離れた組織間で情報のやりとりを行い、乾燥ストレスに応答することが初めて明らかになりました。
共同研究グループは、今回、移動性のペプチドが離れた組織をつなぐ情報の要として機能し、植物の乾燥ストレス耐性を高めていることを示しました。特にCLE25ペプチドは乾燥ストレス依存的に細胞外に放出されることから、CLE25-BAM受容体は、外部の環境ストレスを統合的に感知する機構の一部であると考えられ、植物が持つ乾燥ストレス応答を理解する上で、重要なメカニズムであることを示しています。今後、ペプチドによる乾燥ストレス応答の分子機構をさらに詳しく解明し、得られた知見を応用することで、乾燥をはじめとする環境ストレスに強い作物の作出や、機能性肥料の開発など植物の生育環境への植物ペプチドの応用につながると期待できます。
本研究は、JST「皇冠比分网_皇冠体育投注-【长期稳定直播】展開事業 産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)」研究領域「ゲノム編集による革新的な有用細胞?生物作製技術の創出」(徳島大)などの支援により行われました。
【補足?用語説明】
- 1.アブシジン酸(abscisic acid, ABA)
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- 休眠や乾燥などの環境ストレス応答、成長抑制、老化、器官脱離など、様々な生理作用を制御する植物ホルモンの一つ。乾燥ストレス条件では植物細胞内で爆発的に合成されて蓄積し、細胞内の転写調節やイオン輸送など分子レベルで制御することにより乾燥ストレスに対する耐性を付与する。
- 2.高分解能質量分析計
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- 生物試料内に含まれる微量なペプチドやタンパク質を検出するための装置。
- 3.CLE25ペプチド
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- 近年、植物細胞でペプチドホルモンとして機能する新規の分子が同定されてつつある。CLEペプチドファミリーは、数百アミノ酸からなるタンパク質が翻訳後に数十アミノ酸程度の大きさに切断され、さらに、水酸化などの修飾を受け成熟型として機能するホルモン様分子であり、様々な生理活性を持つ。本研究で発見したCLE25ペプチドは、シロイヌナズナ中に存在するCLEペプチドファミリーの一つであり、12アミノ酸からなる分子である。
- 4.CRISPR/Cas9(クリスパーキャスナイン)
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- 近年大きく発展してきた生物ゲノム中の標的とする配列を正確に改変させることが可能であるゲノム編集技術の一つである。高い効率で様々な生物に利用することができるため、医学や資源生物学、農学などの様々な分野において広く活用されつつある。