当たり前のことを当たり前にしておかない~研究は永遠の好奇心~
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私たちの周りには、それがどのようなプロセスでそのようになるのか、考えてみればわからないことがたくさんあります。ただ、それらの事象は当たり前すぎて、あえて「なぜ?」と思わないし、知らなくても困らないかもしれません。
例えば、赤ちゃんがどのようにしてことばを覚えるのか、と考えたことがありますか。そんなこと知らなくても勝手に覚えますからね。しかし吃音や失語症など、日常生活の障害となることがあれば、その原因を探り、治療法や薬の開発などをしていく必要があります。
佐藤先生は、私たちがどのようにして音やことばなどを脳の中で処理し、情報として知覚?認知しているのかといった、聞こえ?ことばの問題について研究しています。また、吃音に関する研究にも取り組んでいますが、吃音に関する基礎的研究を実施している研究者は日本では少ないそうです。
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写真で赤ちゃんが頭に着けているのは「近赤外分光法(NIRS)」と呼ばれる脳機能計測装置の乳児測定用の端子です。この近赤外分光法は、近赤外光を使って脳の血液に含まれるヘモグロビンの変化量を算出することで、頭皮の上から脳機能を測定するこができ、言語機能やてんかんなどの診断に補助的に使われています。また、この装置は乳幼児の脳反応を比較的容易に測定でき、この装置を用いた研究により赤ちゃんがどのようにしてことばを覚えていくのか、といった発達も徐々にわかってきています。佐藤先生は、乳幼児における脳での言語処理機構や言語発達過程を調べるとともに、吃音者や吃音を有するお子さんの言語処理も調べています。
このように、言語発達や言語障害に関する未知の部分が少しずつ明らかになることで、基礎研究が臨床や製薬の場にフィードバックされていくことが期待されます。
脳機能測定の進展により、これまで目に見えにくかった脳反応もデータとして見えるようにし、より具体的な治療法を開発していこうという流れがやっと活発になってきたように思います。
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(図)
逆に、心理テストなどで使われる方法も、ツールとしてはデータ収集の有効な手段の一つです。
「ストループ検査」(図)もそのひとつ。ここでは佐藤先生が使っている「新ストループ検査II」(著者?箱田裕司、渡辺めぐみ)のほんの一部を紹介します。これは注意力の個人差、注意力の生涯発達的変化、言語能力の発達などの研究に用いられるものです。
例えば「赤」のインクで書かれた「みどり」の文字を読みなさい、というように、インクの色と文字で書かれた色の意味が食い違う場合の反応時間や誤りの傾向を分析します。
このようなテストによる行動反応をみることで、注意の機能や余計な情報を抑制する機能を調べることが可能となり、これらの機能と言語発達や障害との関連性を見出そうと試みています。
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佐藤先生が特に取り組んでいる、言葉がうまく話せない吃音症は、症状の度合いに個人差があり、その原因や悪化要因もいろいろと考えられています。成人では精神障害、脳の障害などにより併発する場合もあります。
かつては単に緊張や不安による精神的なものと考えられていました。その後、ドーパミンやセロトニンなどの脳内の伝達物質の分泌異常が関与している可能性も指摘されてきました。が、それらの伝達物質がどのように影響しているのかはまだわかっていません。
原因が様々であれば対処方法も多様で複雑になります。実際、吃音の臨床や治療訓練において、すべての吃音者に有効な対処法は見出されていません。極端に言えば、10人いれば10の対処が必要です。したがって、一人一人と向き合い、その症状の特徴を考慮し、有効な手立てを見出していく必要があります。
「ただ、一人一人違うと言っても、吃音という症状には共通する基盤が、一つではないにしても、あると考えています。そこに研究の行く先も見えてくるわけです。基礎研究ですから、すぐに治療に使えるとか、薬が開発されるというわけではありませんが、非常に大事な研究をしているとの思いでやっています」
と、佐藤先生は五里霧中を歩みながらも、根気強く研究に取り組んでいます。
対処法の一つに、音声トレーニングによるリハビリがあります。佐藤先生もリハビリセンターの先生と情報交換を行いながら、さらに研究範囲を広めながら深めています。
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- 大学院社会産業理工学研究部
- 心理学分野(社会総合科学域)教授
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[取材] 168号(平成29年7月号より)