生物資源産業学部 准教授 刑部祐里子
「植物の環境応答を向上させるゲノム編集技術の確立」?環境ストレスに強い作物の開発を目指したゲノム編集の効率化と最適化?
徳島大学生物資源産業学部 刑部祐里子
理化学研究所 篠崎一雄
- Osakabe, Yuriko, Watanabe, T., Sugano, S.S., Ueta, R., Ishihara, R., Shinozaki, K., Osakabe, K. "Optimization of CRISPR/Cas9 genome editing to modify abiotic stress responses in plants."
Scientific Reports, doi:10.1038/srep26685
研究の背景
人工ヌクレアーゼを用いたゲノム編集技術は、目的とする遺伝子のゲノムDNA配列を任意の部位で改変する技術です。微生物の免疫システムを利用したCRISPR/Cas9(クリスパーキャスナイン)は、医学や生物学の研究分野でその簡便性や正確性から革命的な新技術とされ、近年広く発展してきました。植物におけるCRISPR/Cas9を用いたゲノム編集では、植物細胞内でゲノム編集に必要なCas9タンパク質とgRNA(ガイドRNA)を構成的に発現させて働かせるので、正確なゲノム編集のためには、植物細胞に最適な方法を選ぶ必要がありました。近年、様々な植物種でCRISPR/Cas9によるゲノム編集が可能であることがわかってきました。一方で、Cas9をどのような植物細胞で発現させたら良いかや、ガイドRNAの類似配列切断(off-target;オフターゲット)を低下させるための種々の技術といった、より正確で効率の高いCRISPR/Cas9技術の開発と、その評価法の確立が遅れていました。この度、徳島大学生物資源産業学部刑部祐里子准教授と理化学研究所環境資源科学研究センター篠崎一雄センター長らのグループは、植物でのゲノム編集ツールの最適化?効率化を行い環境応答能の改変に成功しました。
研究の内容と成果
これまで、長さの短いgRNA(truncated-gRNA; tru-gRNA)は、動物細胞内でオフターゲット効果を減少させる働きがあることは知られていましたが、植物細胞では評価されていませんでした。本研究は、まずtru-gRNAが植物細胞で有効であるかを確認しました。その結果、これまで用いられてきた通常の長さのgRNAと同じくgRNAの配列によって変異効率は大きく変化しましたが、tru-gRNAが植物細胞で効率良く働くことがわかりました。次に、次世代シーケンサーを用いてtru-gRNAを用いた変異植物体におけるオフターゲット効果について解析したところ、オフターゲットはほぼ0%であり、オフターゲット効果の減少にtru-gRNAは植物細胞でも有効であることが明らかになりました。さらに、次世代シーケンサーを用いて植物のさまざまな発達段階での変異効率を解析すると、Cas9の発現制御に用いたプロモーターの発現部位と植物の発達段階によっても大きく変化することがわかりました。
私たちは、このtru-gRNAを用いて、花芽組織に特異的に発現するプロモーターの制御下でCas9を働かせ、シロイヌナズナの環境応答に重要なOST2遺伝子を標的に変異を誘導しました。その結果、CRISPR/Cas9を導入した植物の第二世代において、メンデル遺伝によりOST2遺伝子を欠失した新規のホモ変異体の作出が高効率で可能となりました。新規に得られたOST2変異体は、植物の蒸散に重要な気孔の閉鎖が強まっており、以上のような最適化された高効率CRISPR/Cas9システムにより、植物の乾燥ストレスなどの環境応答能の改変可能となりました。
図1.長さの短いgRNA
(truncated-gRNA; tru-gRNA)による植物のCRISPR/Cas9技術の確立.
図2.組織特異的プロモーターによるCRIPSR/Cas9発現ベクター.
図3. tru-gRNAを用いたCRIPSR/Cas9による新規シロイヌナズナ変異体の作出.
tru-gRNAと組織特異的にCas9を発現させる高効率CRISPR/Cas9システムにより、乾燥ストレス応答に重要な気孔閉鎖が強まる表現型を示す新規変異体の作出に成功した.
本研究において確立した方法により、植物のゲノム編集の効率化や最適化ができました。シロイヌナズナはこれまで植物の基礎研究で広く用いられてきたモデル植物です。本研究によるゲノム編集技術をシロイヌナズナに用いることで、さまざまな研究目的にゲノム編集した植物を利用することが可能となり、農業生産や環境制御などの広い分野に役立つと期待できます。
本研究は、内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)、新学術領域研究「植物細胞壁の情報処理システム」、科学研究費補助金、および株式会社大塚製薬工場の支援により行われました。