報告者
大学院医歯薬学研究部 人類遺伝学分野 准教授 増田清士
研究タイトル
食道がんの進行を制御する新しい分子(TIA1)の発見とその分子メカニズムの解明
研究グループ
- 徳島大学大学院医歯薬学研究部 人類遺伝学分野 井本逸勢
- 京都府立医科大学大学院医学研究科 消化器外科学 大辻英吾
- 大鵬薬品工業株式会社
研究経緯
食道がんはリンパ節転移を起こしやすく、周囲の臓器に浸潤しやすいため、消化器がんの中で極めて予後が悪いことが知られています。また使用できる抗がん剤の種類と効果は限られていることから、大腸がんや乳がんなどに用いられているような分子標的薬の開発が望まれています。この度、徳島大学大学院医歯薬学研究部人類遺伝学分野の井本逸勢教授、増田清士准教授らの研究グループは、RNA結合蛋白質(RBP)ファミリーの1つであるT cell restricted intracellular antigen-1(TIA1)が食道扁平上皮がんの進展に促進的に関与することを発見しました。TIA1は、悪性度の診断マーカーや治療標的として有望である可能性があります。
学術誌等への掲載状況
- Tumor-promoting function and prognostic signi cance of the RNA-binding protein T-cell intracellular antigen-1 in esophageal squamous cell carcinoma. Hamada J, Shoda K, Masuda K, Fujita Y, Naruto T, Kohmoto T, Miyakami Y, Watanabe M, Kudo Y, Fujiwara H, Ichikawa D, Otsuji E, Imoto I. Oncotarget. 2016 Mar 6.
研究概要
研究の背景
食道がん(食道扁平上皮がん)はリンパ節転移を起こしやすく、周囲の臓器に浸潤しやすいため、消化器がんの中で極めて予後が悪いことが知られています。最近では、早期診断、手術方法、抗がん剤治療の進歩により生存率が向上していますが、十分なものとは言えません。また、遠隔転移のある進行食道がんや手術後に再発したがんに対しては主に抗がん剤治療が行われますが、食道がんに使用できる抗がん剤の種類と効果は限られており、大腸がんや乳がんなどに用いられているような分子標的薬の開発が望まれています。
RBPファミリー遺伝子は、遺伝情報を仲介するmRNAに結合し、mRNAの品質管理や機能分子である蛋白質への翻訳を制御する(転写後調節機構)ことで、体内の恒常性を維持する分子機構の中心的な役割を担っています。この転写後調節機構が破綻すると、がんや神経変性疾患などの様々な病気の原因となることが知られています。特にがん細胞ではRBPは発がんやがんの進行を司る遺伝子群を広範囲に調節する要となる分子(ハブ分子)であることから、これを調節することで一度に多くの分子に影響を及ぼせる有望な治療標的と考えられていますが、その詳細はよくわかっていませんでした。
結果の概要
本研究グループは、食道がん手術組織を用いた解析から、これまでがんに抑制的に働くとされていたTIA1蛋白質が、食道がんの発生と進展に伴って高発現するだけでなく、核内から細胞質に移行することを見いだしました。また、細胞質でのTIA1量が患者予後の悪化と明らかに関連することがわかりました(図1左)。そこでTIA1を高発現している細胞の解析を進め、最終的にTIA1は細胞質で細胞周期を制御する遺伝子群(サイクリンA2、SKP2など)のmRNAに特異的に結合し、その蛋白質量を増加することでがん細胞の増殖や腫瘍の形成を促進することを明らかにしました。実際、食道がん組織内ではTIA1が高発現している部位でこれらの細胞周期制御因子の量が増えていることを確認しています。
TIA1には構造が非常に類似した蛋白質(アイソフォーム)が2種類(TIA1aとTIA1b)あり、これまでは機能面での違いは無いと考えられていました。これらのアイソフォームを各々高発現させた細胞を作成して解析を行った結果、TIA1aとTIA1bは異なる細胞内分布を示し、細胞質に分布できるTIA1aアイソフォームが食道がん細胞で見られるTIA1のがん促進作用に関係していることを見いだしました(図1右)。実際、TIA1a量を特異的に抑制すると食道がん細胞の増殖や腫瘍の形成が明らかに減弱することも確認しました。
今回の結果から、TIA1は、食道がんの悪性度の診断マーカーになりうるだけでなく、食道がんの進行を制御する遺伝子群を広範囲で調節するハブ分子として有用な分子標的候補であることが示されました(図2)。TIA1aの細胞内での発現部位や機能を制御することで、効果的にがんに増殖抑制や細胞死を誘導できる可能性があります。またTIA1は口腔がん、子宮頸がん、肺がんなどの扁平上皮がんでも高発現していることから、今回明らかにしたがん促進機構は扁平上皮がんに共通していることが考えられ、TIA1を標的とした新薬は広範囲のがんに効果が期待されます。今後研究グループでは、TIA1aの細胞内機能を特異的に制御する分子を特定するとともに、これらをがん特異的に抑制する方法の開発を進めていきます。