報告者
大学院医歯薬学研究部 人類遺伝学分野 准教授 増田清士
研究タイトル
胃がん患者における、droplet digital PCR を用いた循環血中腫瘍 DNA 中の HER2 コピー数のモニタリング
研究グループ
- 徳島大学大学院医歯薬学研究部 人類遺伝学分野 井本逸勢
- 京都府立医科大学大学院医学研究科 消化器外科学 大辻英吾
研究経緯
HER2 遺伝子増幅は、胃がんの一部の患者に認められ、がんが再発した時に分子標的薬を用いた薬物治療を行う判断を行う重要なマーカーです。がんの再発時に、がん組織を取れれば再度検査を行うことができますが、侵襲が大きいために実際に検査が行われることは稀です。今回、血液中の遊離 DNA を Droplet digital PCR を用いて解析するリキッドバイオプシー(液体生検)技術により、がん組織を用いることなく、胃がんにおける数少ない分子標的治療薬の標的である HER2 遺伝子増幅を高感度?高精度に低侵襲で検出できる方法を開発しました。
- Monitoring the HER2 copy number status in circulating tumor DNA by droplet digital PCR in patients with gastric cancer. Shoda K, Ichikawa D, Fujita Y, Masuda K, Hiramoto H, Hamada J, Arita T, Konishi H, Komatsu S, Shiozaki A, Kakihara N, Okamoto K, Taniguchi H, Imoto I, Otsuji E. Gastric Cancer. 2016 Feb 13.
http://link.springer.com/article/10.1007%2Fs10120-016-0599-z - HER2 amplification detected in the circulating DNA of patients with gastric cancer: a retrospective pilot study. Shoda K, Masuda K, Ichikawa D, Arita T, Miyakami Y, Watanabe M, Konishi H, Imoto I, Otsuji E. Gastric Cancer. 2015 Oct;18(4):698-710. doi: 10.1007/s10120-014-0432-5.
http://link.springer.com/article/10.1007%2Fs10120-014-0432-5
研究概要
【研究の背景】
HER2 遺伝子の数が増える(遺伝子増幅)ことによる HER2 分子の活性化は、乳がんや胃がんの一部の症例で悪性化の原因となっており、現在は手術時のがん組織を用いて、その陽性?陰性が診断されています。胃がんの HER2 遺伝子増幅(HER2増幅)症例では、外科治療後の再発時にこの分子を標的にした分子標的治療薬(Trastuzumab)などを用いた薬剤治療を行うことができます(保険承認)。しかし、 HER2 陽性胃がんと診断されても、全てのがん細胞で HER2 増幅が起こっているわけではないために、再発したがんの中でHER2増幅を持った細胞が主に増えていなければ分子標的薬の治療効果は見込めないことになり、実際に奏功率は50%程度に留まります。また、胃がん組織で HER2 陰性と診断されていても、がんの中のわずかな HER2 増幅細胞が見逃され、それが主に増えて再発が起こった場合、分子標的薬の効果が見込めるのにもかかわらず、治療には使えないことになります。がんの再発時に、組織を取れれば再度検査を行うことができますが、通常は侵襲が大きいためにがん組織を取れることは稀です。
【結果の概要】
今回開発した、血液中に流れるがん由来の DNA から高精度に HER2 遺伝子の増幅の有無を判定する方法は、採血のみで判定可能なために低侵襲で何度でも行うことができます。同グループでは、既に Real time PCR 法を用いた検出法を論文報告していましたが、今回 Droplet digital PCR 法を用いることで、より安定で高感度、高精度に検出が可能になり、臨床現場で用いることができる実用性に近づきました(図1)。
今回の研究によって、手法の確立以外にも、解析された症例は少ないもののいくつかの臨床的に重要な知見が得られました。手術標本ではHER2陰性で血液でも HER2 増幅のなかった症例の中に、再発後の血液で HER2 増幅を示した症例が約半数認められました。繰り返し採血できた症例では、 HER2 増幅の程度を示す値が再発の進行と共に上がっていくことが確かめられており、このような患者さんでは分子標的薬を用いた薬物治療が有効な可能性があります(図2)。また、手術前に血液で HER2 増幅があることがわかっていた症例では、手術で一旦値が低下した後、再発と共に再度値が上昇し、分子標的薬を用いた薬物治療開始によって再発腫瘍が小さくなるとまた値が低下するなど、再発のモニターや治療効果のマーカーになることもわかりました(図3)。
乳がんと比較して胃がんの場合には、がん組織内での HER2 遺伝子増幅のある細胞とない細胞の混在の不均一性(空間的不均一性)が高く、またその比率はがんの進行や治療の影響により変わる(時間的不均一性)可能性があるため、がん組織を用いた診断のみでは、過剰に評価されるあるいは見逃される可能性があります。
血液で診断できることで、再発の監視や治療効果の予測?判定がリアルタイムに行えることになり、今後の胃がん治療に有用なツールとなる可能性があります。今後研究グループでは、症例を増やして臨床的な有用性を確認するとともに、検査の実用化のためのさらなる技術開発を進めていきます。