医学の最先端を医療の最前線に届ける研究~操薬学の確立~
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私たちの体内では、薬剤の成分である分子は広範囲に広がり、患部に届けられる分子は一部分になってしまいます。つまり成り行きまかせで、コントロールは難しいとされてきました。
だからと言って、その分多めに投与すると副作用の心配があります。
また私たちの身体には免疫力があり、細菌などを排除してくれますが、この力が時として薬剤を異物と見なして効果を下げてしまうことがあります。
したがって薬剤が無事に患部に到達しその効果を発揮するようにすること、即ち"操薬"は、創薬?製薬の研究同様に大事な研究なのです。
石田先生の研究分野である薬物動態制御学は、薬剤の体内動態をコントロールして、効果を高めるとともに副作用があらわれないようにするための研究をしています。
薬剤を確実にデリバリーするために薬剤を患部(臓器や組織、細胞、病原体など)に伝達(輸送)し、体内での薬剤の量や放出の仕方などをコントロールする技術をドラッグデリバリーシステム(DrugDeliverySystem、以下DDS)と言います。
DDSでは、ナノテクノロジー(超微細技術)が欠かせません(1ナノは1ミリの10億分の1)。
石田先生は直径100nm(一万分の一ミリ)の微細なカプセル(リポソーム)をプラットフォームにしたDDSの開発を進めています。
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ある抗がん剤には、手足や口周辺部の不明な痛みがほぼ全例に表れるという副作用があります。
こうした薬剤は実際抗がん剤としては高い効果を示しているのですが、それをなかなか実感できない患者さんはどうしても副作用から逃れたくて治療をやめてしまっているのです。
このようなことを改善するためにリポソームに抗がん剤を封入して、腫瘍にだけ抗がん剤を集める方法を確立しました。
この技術を臨床で応用すれば、副作用に苦しむ患者さんの福音になるはずです。
石田先生は、地元徳島の企業と共同研究を進めており、サルでの試験では良好な結果が得られているとのことです。実用化が期待されています。
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リポソームにしても活性を持つ高分子化合物(核酸、抗体など)も体内で異物として排除されるのを防ぐために、高分子ポリマー(ポリエチレングリコール、polyethyleneglycol、以下PEG)を結合させておきます。
この方法は長い間、タンパク質の分解を抑制するなどの効果によって、効力を延長したり副作用を軽減するとされてきました。
PEG化は製剤化におけるゴールデンスタンダートなのです。
PEGはとにかく無毒で安全とされてきました。実際、化粧品などの香粧品などいろいろな製品に使われています。
ところが石田先生の研究により、条件によってはPEGにも免疫原性があり、異物と見なされることが世界で始めて発見されたのです。
つまりPEGに対して抗体が生じるというのです。報告当初は批判もあびたとのことです。
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「そんな話聞いたことがない。とか、どうしてそう産業界を敵にまわすような事をするのか。と、批判されましたが、そういうことが起こることは事実であって、この抗体をもつ患者さんにPEG化製剤を投与すると期待された効果が得られない可能性があるので、放置するわけにはいきません」
随分時間はかかりましたが、ようやく最近理解を得てきたとのこと。
「抗PEG抗体のテーマで科学研究費補助金?基盤Bを獲得し、また3月にはアメリカ?ボストンのバイオベンチャーから招聘を受けて講演に行きました。何のことはない、実は皆さんこの抗体の事で困っているのです」
抗PEG抗体の発現はDDSの副作用ですが、それがあることを理解した上で〝操薬?をするのが実用化への近道と石田先生は考えているようです。
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バイオテクノロジーは米国に差をつけられた感がある日本も、ナノテクノロジーでは他の追従を許さない、と期待されています。
昨年教授となった石田先生は、「恩師である際田弘志(きわだひろし)名誉教授から始まったリポソームDDS研究も26年目。恩師への恩返しにもなるし、是非研究の成果を社会に還元していきたい」と、医薬品メーカーやベンチャー企業との共同研究?開発に取り組んでいます。
「研究と言っても体力が必要。もともと野球は好きなので」と、時間を見つけては、大学の職員で作る野球チーム『オールドスター』やテニススクールで体力作りにも取り組んでいます。
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- 大学院医歯薬学研究部
- 薬物動態制御学分野 教授
[取材] 160号(平成27年7月号より)