歯と口の健康を通じて全身の健康へ貢献
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歯を磨くと出血しやすい方、口臭がひどくなってきた方、放っておいたらひどいことになるかもしれませんよ…って何かのコマーシャルではありませんが、虫歯や歯槽膿漏?歯周病など、痛みや異常に気づいて、我慢できなくなったら飛んでいくのが、多くの人にとっての歯医者かもしれません。厚生省の調べでは、25~64歳の年齢層で約7割の人が歯周病及びその予備軍であるとの高いデータが出ています(図1)。
近年、口内のケアと全身の健康の関係が明らかになり、他の医療分野同様に口腔?歯学においても『予防』が最先端医療としての重要な分野となりつつあります。歯医者さんは虫歯予防の歯磨き指導というイメージは遠い昔の話です。むしろ歯磨きの働きは口内全体の病気予防のためのものです。例えば夜寝る前の歯磨きは、寝ている間に唾液、つまりツバが出なくなる代わりに、口内の雑菌やばい菌の繁殖を防いでくれます。
伊藤先生の研究ではこの唾液が大きなキーワードになります。唾液は殺菌力や免疫力を高めてくれることはわかっていますが、唾液の中には血液中以上にサイトカイン?抗体?酵素?ホルモン等の生理活性物質がありますが、その働きの全てはまだ明かされていません。
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通常、学校や企業などの身体検査?健康診断では、血液検査のように唾液を採取して検査するという項目はめったにありません。なぜなら必要量だけでなく、安定した状態の唾液の採取は、血液のように簡単ではないからです。それを短時間の健康診断で行う検査方法がないからです。
伊藤先生の研究テーマの一つに、このツバの検査をもっと簡単にできたら、というのがあります。
「唾液の検査が簡単になれば、口の病気の予防もできますし、その予防は全身の予防にもつながってきます」
高等学校の健康診断に協力してもらい試行錯誤しながら研究しています。
「唾液は食事の時によくかむと分泌が促されます。カミング30運動というのが推進されていますが、食事の時に少なくとも30回ぐらいかもうということです。唾液は年齢とともに出にくくなります。しかし8020運動( 80歳で20本以上の歯を残そう)運動の成果は年々高くなっており(図2)、歯の健康と長生きの関係も注目されています」
よくかんで食べることは子どもの頃から指導されますが、そのことが長生きにつながるというデータもあるのです。
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アジア予防歯科学会(2010年)
先生のもう一つの研究は、口内炎や歯周病につながる歯肉炎についてです。
歯肉炎は慢性的にほとんどの年齢層の人に症状があります(図1)が、腫れたり痛みが出るまで気がつかないもので、そのためにやっかいなことになりがちです。
歯医者さんに行った方なら、歯茎を針でチクチク刺されて出血の様子などを検査されたことがあるかもしれません。この検査方法では見た目、つまり歯科医の経験に頼るしかないのが現状です。
歯肉炎は、歯の歯茎まわりに棲息する口腔細菌に対する慢性炎症反応として起こりますが、歯を支える骨が融けだしたり、歯抜けにつながる重症化のメカニズムは、身体的?精神的ストレスが強く関わると考えられていますが、全容は明らかでありません。
伊藤先生は、そのメカニズムが解明できれば、効率的に抑制、また予防が可能になると、酸化ストレス(注)についての研究に取り組んでいます。
「予防というのは今、健康な方が対象です。特に口腔ケアが、糖尿病や動脈硬化?心筋梗塞などの重大な病気にも影響するということが明らかな以上、他の分野の研究者とも連携を取りながら情報交換して対処方法を考えていくことが大事です。そのためにも予防歯学という分野をもっと知ってもらうことも大事なことです」
最も身近で、しかも見落とされがちな口内の健康。気づかない大きな病気を防げるかもしれない口内の予防を多くの方にもっと知ってもらい、興味を持っていただけたら、病気には気づかないまま健康に暮らせるかもしれません。
先生も、
「例えば自動車のエアバッグは、その存在に気付かれることなく車の寿命とともに廃棄されるのが一番よい使われ方かもしれません。予防歯学も、エアバッグのような存在でよいのでしょう」と言って笑っていました。
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(注)酸化ストレスは、生体内の酸化反応(鉄がさびるようなもの)と抗酸化反応のバランスが崩れた状態を言い、老化や動脈硬化を進めます。喫煙などは酸化ストレスを増加させます。
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- 大学院医歯薬学研究部(歯学系)
- 予防歯学分野
[取材] 159号(平成27年4月号より)