大学院ソシオ?アーツ?アンド?サイエンス研究部 創生科学研究部門
地域創生科学分野
岸江 信介 [教授] きしえ しんすけ
?
消えてゆく文化を後世に伝える言葉の旅人
?
?
国語学?言語学、なかんずく方言学は、時代とともに失われていく言語文化を研究し、記録して後世に伝えていく大切な学問です。言語学は最も古く、そして最も先端の研究であると言っても過言ではないでしょう。
方言を知ることは、文化や歴史を知ることでもあり、研究は古くから多くの学者によって取り組まれてきましたが、未だ完全ではありません。それは極端に言えば、人の住むところには人の数だけ、そこでしか使われていない独特の言葉があるからです。
言語学の研究には「フィールド言語学」と「理論言語学」というアプローチの仕方があります。岸江先生は前者になります。
先生は西日本を中心に、35年間、各地を調査してきました。その一歩は、そこに古くからすんでいる「人間」との出会いから始まります。地元の自治体等に協力してもらうこともありますが、ほとんどはアポも取らず、働いている人や庭先でひなたぼっこしているお年寄りたちに声をかけます。そのほうがより自然に言葉を聞くことができるからです。
「たいてい最初は怪しまれて、怪訝な顔をされることが多いのですが、こちらの目的を知ってもらうと、気さくに話をしてくれるようになります」
と、人なつっこい先生の笑顔。
2001年にはNHKの「ふるさと日本のことば」に、徳島県の方言解説者として出演しました。
?
?
一見アナログ的なこの研究にも、最新の技術が使われます。その一つが「テキストマイニング」と呼ばれるソフト?テクノロジーです。これは市場調査などに使われるもので、膨大な文章の中から、キーワードとなる言葉を拾い出し、その傾向などを探り出そうというものです。ここでは、フィールド言語学も、理論言語学や情報系の学者との連携も必要となってきます。「私にはフィールドが向いていますが、けっして理論派や机上での研究を否定するものではなく、そういう人たちとの共同作業も不可欠なのです」
もう一つのテクノロジーがデジタル解析です。言葉に欠かせないのがアクセントやイントネーションだからです。たとえば「蜘蛛と雲」「橋と端」のように、同じ読み方の単語でも地域によって全く逆のアクセントの場合があります。かつてワープロができたときに「貴社の記者が汽車で帰社する」を一度で変換できるか、というのがソフトの力として問われたことがありました。
言葉の採取に、今ではデジタル録音機が活躍します。岸江先生の研究室では、学生たちがパソコンを使って音声の分析に取り組んでいます。
このようにして、足で集めた「方言たち」は、様々な面から研究され、日本語の言語学の歴史に、ひとつまたひとつと記録されていっているのです。
「これらの成果を、日本語学の分野に持ち込んで、少しでも貢献できたらと思っています」
?
流行語の定着。これも方言の一つだそうです。言葉の広がり方は、文化の広がり方でもあります。生まれては変化して、また消えていく言葉たち。
「消えていくものたちとの、時間の戦いです。一生をこの仕事にささげたい」
という先生は、子供の頃からチャリンコ(これももう立派な方言になっています)で、あちこちに行くのが好きだったとか。お話を伺っていると、出かけては人と会うのが好きという先生にとって、まさに天職を得たという感じがしました。
「出会うおじいちゃんやおばあちゃんたちは、大学なんかに行ってなくても、積み上げられてきた知識や知恵があり、方言を聞くだけでなく、本当に勉強になります」
マスメディアや交通網の発達により、地方や地域といった境界がなくなり、便利になっていく反面、消えていってしまうものもたくさんあります。
「意外に、言語学が好きという学生もたくさんいるんです。方言は立派な言語です。日本語のすそ野に方言があり、その頂点に標準語があるんです」
若い人たちに託しながらも、先生の言葉探しの旅はまだまだ続きます。
?
?
- 1953年 三重県津市生まれ
- 1978年 愛知大学文学部文学科国文学専攻卒業
- 学位学士(文学) (愛知大学) (1978年3月)
- 1978年 大阪市高等学校教員
- 1994年 宮崎国際大学比較文化学部比較文化学科助教授
- 1998年 徳島大学総合科学部助教授
- 2000年 徳島大学総合科学部教授
- 2009年 徳島大学大学院総合科学教育部
- 地域科学専攻博士後期課程指導教員
- 著書「 応用社会言語学を学ぶ人のために」(共著) 2001年 世界思想社
- 「方言の技法」(共著) 2007年 岩波書店
- 「大阪のことば地図」(共編) 2009年 和泉書院
?
[取材] 147号(平成24年4月号より)